「ありがとう 幸せな人生を頂きました」 ----母 出立の日に----
身なりを気にしない私が新しいシャツを着ていると「いいシャツを着てるね」と母は決まって言った.私の友人が集まる宴会に連れて行くと,お気に入りのジャケットにベレー帽,薄化粧に紅までさしていつしか話題の中心に.....88歳になってもお洒落を楽しみ,たった3泊のショートステイでもスーツケースに衣類を詰め込んで,まるで船旅に行くかのようだった.
合理的で,何事もこなす器量があった母.嫁いでからは父と農業に励み,やがて勤めた会社では部署で一番を頂き表彰されるほど.熱心に取り組んでいたご詠歌では『正詠教範』まで授与された.家庭では,お客様の前で幼い孫をなんども誉め上げてお客様が帰ると私に小声で,「人前で誉めれば,その気になるもんだ」と,さりげなく教育熱心だった.父とは様々な場所に旅行に出かけ,父が亡くなった後は姉妹同士で世界中を旅していた.テレビを見ていれば「あそこは行った,船で下った,料理が美味しかった」など思い出話に表情を明るくして,「寝ていれば違う国に着く船旅は楽でいい」と言っていた.そんな母もここ数年は,旅仲間や最も仲のよかったすぐ上のお姉さんを見送ってから寂しそうだった.
少しでも励みになればと2021年4月に「ベトンムに行こう」と誘ったときの明るい表情は忘れられない.しかし残念ながらコロナ禍でキャンセルに......勝ち気で負けず嫌い,せっかちな母はコロナ収束まで待てなかったのか,一人で旅立ってしまった.ご詠歌で培った知恵と知識,得意の笑顔で向こうの世界を渡り歩き,やがて父とも再会し楽しい第2の人生を過ごすことと思う.
母 福島光代は2021年10月28日,88歳にて生涯をとじた.
写真はピースボート船旅に参加した母,2004年11月
(2022.05.16掲載)
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